柔術をやっていると話すと、よく聞かれることがある。
「どうして始めたんですか?」
「何がきっかけですか?」
(あと、「柔道と何が違うんですか?」もよく聞かれる(笑))
正直、この質問には少し困る。
理由が1つじゃないからだ。
せっかくなので、自分のためにも整理してみたい。
① 家に居場所がなかった
子どもが中学2年生の頃、家庭内は荒れていた。
不良というわけではない。
でも、学校や塾をサボるのは当たり前。
妻には「死ね」とまで言うようになっていた。
一方で妻は、子どもを“成績”で評価していた。
成績のいい下の子ばかりを褒め、上の子には
「また“あひる”ばかりだね(笑)」
と、笑うことすらあった。
条件付きで子どもを愛するのか。
そう感じて、心が冷えた。
自分も限界で、離婚を考え、ひとりで暮らすための家を探していた。
正直、家にいたくなかった。
② 体力の衰えへの焦り
40代に入って、はっきりと体力の衰えを感じた。
20代の頃は、夜遅くまで働いても平気だった。
でも今は違う。
20時を過ぎると、もう頭が回らない。
眠い、だるい、集中できない。
睡眠時間を削ると、すぐ体調を崩す。
風邪もひきやすくなった。
「このままじゃまずい」
そんな焦りがあった。
③ 強くなりたかった
単純な話だが、格闘技をやってみたかった。
そして、強くなりたかった。
きっかけになった言葉が2つある。
ひとつは、漫画『バガボンド』で沢庵和尚が武蔵に言った言葉。
「強い人は皆優しい」
もうひとつは、GACKTさんが何かの番組で言っていた言葉(正確ではないが印象に残っている)。
「いざという時に大切な人を守れないヤツは、男として終わってる」
この2つの言葉が、ずっと頭から離れなかった。
「強く、優しくありたい」
「大切な人を守れる人間でありたい」
そう思った。
④ 中年の危機
40代前半は、本当にしんどかった。
正直に言うと、
大金をもらっても、もう一度やり直したくない。
自分は何者なのか。
このままでいいのか。
何のために働いているのか。
そんな問いが、ずっと頭の中をぐるぐる回っていた。
糸井重里さんのインタビュー記事を読んだとき、
「こんな人でも同じことで悩むのか」と、少し救われたのを覚えている。
ぼくにとって40歳は25年前。
暗いトンネルに入ったみたいで
つらかったのを覚えている。
絶対に戻りたくない、というくらいにね。そのつらさは、自分がまだ何者でもないことに悩む、
30歳を迎えるときのつらさとは別物だと思う。
自分も仕事以外に、何かが必要だった。
心を喜ばせる何かが。
⑤ 身近な存在の影響
知人が柔術をやっていた。
正直に言うと、その人はあまり好きではなかった。
大学院時代の教授で、どちらかといえば苦手なタイプ。
細くて、顔色も青白く、強そうには見えない。
でも、
「柔術をやっている」
と聞いた瞬間、印象が変わった。
「この人、もしかしてヤバいのでは…?」
そんな風に見えてきた。
身近な人がやっていた、というのは大きい。
⑥ 道場との出会い
どこの道場に行くか迷っていたとき、
たまたま近所の道場のホームページを見た。
そこに書かれていた言葉に、強く惹かれた。
現代は、人が孤立している。
SNSなどの情報技術の発展により、
人との関係は希薄になり、コンビニのように消費される。
温度感のない人間関係が築かれる。
柔術は、一人ではできない。
微細な技の差が、勝敗を分ける。
その世界を仲間と学ぶ「共同体」である。
衝撃だった。
ちょうどその頃、
嫌われる勇気を読んで、
アドラーの「共同体」という考え方に強く共鳴していた。
でも、自分は何をすればいいのか分からなかった。
その答えが、ここにある気がした。
翌日、見学に行った。
その場で入会を決めた。
道着を買い、翌週には練習に参加していた。
すべて、2週間以内の出来事だった。
結局、理由はひとつじゃない
こうして振り返ると、
どれが一番の決め手だったのかは分からない。
家庭の問題
体力の衰え
強くなりたい気持ち
中年の危機
人との出会い
道場の思想
それらが、複雑に絡み合っていた。
それでも、今ははっきりしていること
先生の教えは時に厳しい。
でも、すべて納得できるものだ。
美しい技、そこに至るまでのプロセス、
すべての所作を目の前で見るたびに思う。
「強くて優しい人間になりたい」
「大切な人を守れる男でありたい」
柔術は、一人で強くなるためのものではない。
共同体の中で、生き方を学ぶものだと思っている。
若い頃の自分は、
いつも「自分以外の誰か」になろうとしていた。
人と比べては、足りないものばかり数えて、
勝手に落ち込んでいた。
でも、いまは違う。
自分は今、中年の危機というトンネルの先に光明を見出し、
ようやく「自分に戻ろう」としている。
それが一番自然で、
一番強いということを、
やっと理解できたからだ。
柔術は、
自分に戻るための旅の手段だと思っている。
だから、決めている。
死ぬまで、柔術を続けていく。

コメント